南甲弁理士クラブの由来

 南甲弁理士クラブは、昭和3年に東京にて創立され、創立80周年を過ぎました。
「南甲」は、創立者の中心メンバーが中央大学出身であり、当時の大学の所在地が、南甲賀町(みなみこうがちょう:現在の神田駿河台)にあったことに由来します。
 80年の時を、そして会員数も400名を越え、会員の出身大学も多岐にわたるものとなっています。
 南甲弁理士クラブは、東京に本部を有する大きなクラブ(会派)の1つです。

南甲弁理士クラブ東海支部について

 昭和初期より、東海地区にも南甲弁理士クラブ会員はいたようですが、東海地区に明確な組織的なものが作られたのは昭和48年頃のようです。
 10数名というメンバーでの始まりであったようで、それから40年の時を経て、現在では、会員が100名に達しています。
 なお、平成17年には、東海地区の組織体は、支部化され、南甲弁理士クラブ東海支部となりました。

南甲弁理士クラブを含む会派について

 南甲弁理士クラブは、東京に本部を有する会派の1つであります。東京に本部を有する会派としては、南甲弁理士クラブの他に、春秋会、PA会、無名会、稲門弁理士クラブ、弁理士クラブ、弁理士同友会があります。また、南甲弁理士クラブ、春秋会、PA会、無名会、稲門弁理士クラブの5会派により、日本弁理士クラブが、弁理士クラブと弁理士同友会により弁理士連合クラブがつくられています。西日本には、西日本弁理士クラブがあります。
 南甲弁理士クラブは、日本弁理士クラブに所属する1つの会派です。南甲弁理士クラブ東海支部は、南甲弁理士クラブの東海支店(中部支店)といったものです。

南甲弁理士クラブ東海支部をとりまく環境について

(東海地区の会派、東海協議会、日本弁理士会東海支部)

 

 東海地区には、南甲弁理士クラブの他に、春秋会、弁理士同友会、弁理士クラブ、PA会の5つの東海地区組織体(5会派)があります。
 会員数は、南甲弁理士クラブ、春秋会の2会派が多く、弁理士同友会、弁理士クラブ、PA会の3会派はそれらより少ないようです。

  歴史的には、昭和48年頃に、南甲弁理士クラブ、春秋会、弁理士同友会の東海地区組織体が設立され、活動を開始したようです。
 3会派体制が20年近く続き、弁理士クラブ、PA会の2会派の東海地区組織体が設立され、現在の5会派体制になっています。

 そして、5会派の協議機関として、東海協議会があります。
 日本弁理士会東海支部の会員数(主たる事務所)は、約700名です。
 日本弁理士会東海支部は、支部長を含む支部役員の他、4つの実務委員会、3つの地区委員会、1つの機構を持って活動しています。
 会員数にくらべて委員数も多いため、多くの会員の協力により運営されています。
 東海協議会と協力し、委員を推薦するなどにより、南甲弁理士クラブ東海支部を含む5会派は、支部活動に貢献しています。